
以前、松山空港を発つ飛行機から見下ろした時に
「いつか…」と思っていた。
「しまなみ海道」というワードは心に響くものがあった。
九州より東京までの道程を走破することは、
そのものが旅だったが、四国へ寄り道だけは絶対条件だった。
僕が四国で連想するものと言えば「四万十川」や「瀬戸大橋」
そして「鳴門海峡のうずしお」だけだった。
大きな日本地図を眺めていると本州から四国へはその瀬戸大橋、
もしくは更に東の鳴門海峡を渡るしかない。
そうだと思い込んでいたが、どうやら他にも経路はあるらしい。
それが10本の橋で織り成す「しまなみ海道」である。
勝手大魔王の僕は、島なみに広がるサンセットを連想していた。
瀬戸大橋なんて金閣寺と同じだろう。
渡ってしまえばなんてことはないはず。
うず潮のほうがグルグルしていて面白そうだ。
前にディズニーランドで買ったプーさんもグルグルしていて大当たりだった。
「グルグル」は楽しいに決まっている。
そろそろ給油をしないとならない。
オドメーターはすでに400Kを越えていた。
四国へ渡る前の儀式をするかのように本線から外れ、
九州列島最後の地でスタンドを探して街の方へと向かう。
本線上でも確かに給油できるのだが、折角の旅であったのでヒトとあわなければ…
そういう思いだった。
ENEOSの看板をみつけた時、「これ、てっくんの作ったやつかなぁ…」
ふと考えたら無二の旧友と無性に会いたくなった。
パッセンジャーシートに最愛の女性がいないことも、とても寂しかった。
ウインドウを磨いて燃料FULLゲージの相棒はちょっと元気になったように見え、
差し掛かった闇をヘッドライトを射すさまは
「そろそろ行こうぜ」と言われているようだった。
新しくあつらえた革のグローブを手に履いていると、
スタンド脇に駐めてあるオープンボディをスタッフがみてこう言う。
この手の質問に答える回答はいつも違うが、この瞬間の表情はいつも変わらない。
「これホンダですか?」
有料道路のように広く、ゆるやかにカーブ掛かった、この街から
この旅の大事なファクターである広島と四国の2つの大地を結ぶ、
10本の橋と6つ(+α)の島と、パークや海岸線がある場所へ 。
逆算してみると思ったよりここまで来るのに時間がかかった。
陽が落ちて、当初の目的こそ果たせそうにないが、
そんなことはどうでもいいのだ。
どこまでいくか、どこで寝るか、なにをするか。
そんなもの決めている訳がない。
飛行機で1時間半の旅ではなく、フェリーで35時間も揺られていたかったのではない。
自分の目と肌で感じたかった。
暗くても横浜ベイブリッジはキレイだった。
夜の橋は美しいと1万年前から決まっているはずである。
いよいよ脱出かと思うと、アクセルを開けて空気を吸い込んだF20Cは
尾道と向島の間に架かる橋長385mの尾道大橋と、
その西側55mに瀬戸内しまなみ海道の本州側基点とした並列の橋を
たった一息で渡ってしまった。
4年前の11月
